すーさんは大黒柱かーさん

子育てと介護と元ブラック勤務が同時の主婦の生きるヒント

家族が脳腫瘍になった1【脳腫瘍が見つかった日】

 あの時の私のために。

 

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小学生の子供がいるのに、

旦那が突然脳腫瘍のてんかんで倒れたら。

 

親もきょうだいもいない私の救いが、インターネットの中にある情報でした。

 

こうゆうことがあったらどうしたらいいのか。

旦那はどうなっていくのか。

家族はどうなっていくのか。

調べに調べた。

 

なかなか情報が少ない。

希少癌。

グリオーマ?神経膠腫?脳に染み込む?

脳を取ってしまっても生きていけるの?!

 

医療のことを素人が詳しく書けなくても、

 

てんかん、脳腫瘍、高次脳機能障害、

のせいで起こる様々な困難は、

医療のこと以上にある思います。

 

私は、あれから

第一世話人であり、母親であり、大黒柱として奔走しました。

 

本人の苦しみ以上に、(本人記憶がないので、ストレスもない)

その家族を苦しめることがたくさんあるのです。

 

あの時、私が知りたかったことを残していこうと思います。

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2019年4月午前10時頃、

44歳旦那が職場で、突然てんかん発作で倒れ救急病院へ。

救急車内で意識は戻る。

 

もちろんてんかん発作なんて初めて。

 

転倒時に頭をぶつけたらしく18針縫うケガ。

救急病院でCT、MRI検査。

結果、右前頭葉にこぶし大の脳腫瘍発見。

 

脳腫瘍による症候性てんかんだった。

(旦那はこの日から手術が終わるまでの記憶がない。)

 

私に報せが届いたのはその日の夕方、仕事から帰宅後。

車で1時間のその救急病院まで迎えに来てほしいとの電話。

ケガのこと以外で相談もあるので、すぐに来てほしいとのこと。

電話では詳しくは話せないって。

 

えー今からそこまで行くんですか?困ったな。

子供いるのに。

しかもなんだかすごく深刻そうなのに、詳しく話せないって。

ケガの具合が相当悪いのか?

 

でも入院をする必要がなく、連れて帰れ、という。

 

子供は明日も学校だし、遅くなりそうなので、

私は急遽頼み込んで、

子供を友達のおうちに預かってもらい、

車で1時間位の病院へ向かう。

 

嘔吐と出血で着ていた服はダメになっていたが、

本人は意識があり普通に私と会話できた。(本人の記憶はなし)

頭が痛いだけらしい。(本人記憶なし)

 

頭蓋骨が見えるくらい頭がぱっくり割れたみたいだけど、

ケガの問題は特にないらしい。

 

フランケンシュタインみたいな頭になってて、

ちょっと怖いくらいで、

こんなケガで連れて帰るのか?!と不安でいっぱいだった。

子どもが見たら泣くぞ。

 

が問題はそんなことではなかった。

 

脳外科医から話があるからと、1時間くらい待たされ、呼ばれた。

 

担当した脳外科医にMRI画像を見せられて

「どう思いますか?」と質問された。

 

その画像は、頭部を下から見たもので、

向かって左側の上、頭の半分近く白くもやがかかったようになっていた。

マーブル状の白いもやもや。

 

頭部MRIなんて見た事ないから、

それがどのくらいの異常なのかわからない。

写真がぼけてるのか?くらい。「白っぽいですね?」と答えたかな。

 

医者は「最近、性格が変わったりしませんでしたか?」と質問。

 

私はびっくり!

 

そう!

 

変わった!

 

もう別人!

 

ただただ性格が悪くなった!

 

もうここには書けないくらいひどいことをたくさんした。

 

子供が中学卒業したら母子で家を出ようと本気で考えていた。

 

今すぐ逃げて他人にならないとヤバイと思うくらいだった。

 

あれもこれも、脳腫瘍のせいだったの?!

 

会社の健康診断では、一度もひっかかったことがないのに。

脳の検査なんてしないか。

 

脳腫瘍はかなり広範囲になっていた。

 

医者が言ったことを、ざっくり。

「たぶんこれはグリオーマ、神経膠腫という部類の腫瘍です。

グリオーマは全て悪性で、脳に染み込んでいくタイプの腫瘍。

どこまですすんでいるのか境界線がわかりにくいもの。

だから手術で完全に取り除くことがほぼ不可能。

グレード4なら余命半年から1年。

統計的なものなので、もっとずっと何十年も生きる人もいるよ。」

 

こんな感じ。

 

はぁ?

 

あと

「てんかん発作を起こしたので、

 最低2年は自動車の運転はできません。

 このてんかんの治療薬は、

 今後一生飲み続けなければいけません。」

 

というもの。

 

この時の職場だと車が乗れないと、勤めることはほ無理だ。

 

「じゃあ、お宅の近くの病院に紹介状を書きますので、相談してください。

 もう歩いて帰れますので、お引き取りください。」

 

以上。

 

数日分のイーケプラと鎮痛剤を処方されて帰宅。

 

旦那の車は会社に置いたまま。

会社の人が来てくれたが、車はいつでもいいから取りに来てと。

 

車でしか行けないところに、一人でどうやってとりに行けば?

 

まずそんなことから悩む。

 

 

帰りの車の中では、旦那と普通に会話した。

 

脳腫瘍で余命半年って言われて、どう思うのか聞いたら

 

「えー、こんなにあっけなく死ぬもんなんだなーって感じ。

 楽して死ねるわー」

 

と他人事のように笑いながら話す旦那。

(もちろん本人記憶なし)

 

私は、何が起こってるのか、

この先いったいどうなるのか、

どうしたらいいのか、

途方に暮れて絶望してた。

(今は絶望の向こう側の混沌)

 

私にはこの時、このことを相談できる相手がいなかった。

 

義父は既に他界。

義母は、義妹と孫の世話で大変だから、

自分たちでなんとかしなさいと。

脳腫瘍の子供を産んだ覚えはない、みたいなことを言われてた。

(本人が電話してた。本人記憶なし)

 

そうですか。

 

 

本人は頭が痛いらしく、ご飯中もぼーっとしていた。

(短いてんかんだったのか。)

鎮痛剤は全然効かないらしい。

 

 

この日、わたしは涙も出なかった。

子どもがいたから、

普通にごはんを食べて、お風呂に入ったりした。

疲れ切って、寝たかな?

とにかくずっとスマホで脳腫瘍について調べてたな。

 

この日からしばらく、

 

何をしても心から安心したり、

 

笑ったりすることができなくなった。

 

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