すーさんは大黒柱かーさん

子育てと介護と元ブラック勤務が同時の主婦の生きるヒント

家族が脳腫瘍になった2【初診から手術まで】

f:id:kininarusuzu:20201107154651j:plain

 

初めての脳外科受診

 旦那が倒れた日の翌日、

 

私は仕事を休み、

紹介された病院の脳神経外科外来を受診。

 

朝一で行ったのに、ずいぶん長く待った。

診察は一番後くらい。

 

旦那は頭が痛いので椅子に横になってたかな。

2~3時間待った気がする。

もっとかも。

 

きっと、紹介状の中のCDR画像を見て、

「大変な患者がきたー」

とかなってたんだと思う。

 

担当となる若い脳外科医から、

病状の説明と

今後の治療の流れの説明を

長々と聞いた。

 

一日も早く手術して、

腫瘍をとり除かなければいけないこと。

でもすぐにできないこと。

なぜなら、

開頭のため切開する部分を、

18針縫うケガをしているので、

 

傷がある程度治るまでできないという。

 

しかも病院都合で、火曜と木曜しか手術はしないとか。

 

10日後を指定されたが、

その日は子供の授業参観日。

PTA総会もある。

私この年初めて役員になったんだ。

 

「授業参観があるので・・・」

と言うと、

医者は、

「それは行っておいた方がいいです!

 じゃあ、本人も元気そうなのでGW後(約3週間後)にしましょう。」

ということに。

 

最後の授業参観になるかも、的な配慮ですな。

 

旦那も授業参観に行きたい、と言うので、

3週間後くらいを手術日と定めて、準備をしていくことになった。

 

その医師は、

本人にもはっきりと、悪性の脳腫瘍であること、

開頭手術をしても全部は取り切れないこと、

余命のこと、

後遺症のことなど包み隠さず話していた。(本人記憶なし)

 

旦那はケガの痛みがあるが、

普通に歩くししゃべりも普通にできたので、

では、また手術が近くなってきたら準備していきましょう、

となり終了。

 

本人は何一つ覚えていないこと。

 

手術までの日常

翌日から私は普通に出勤。

子供は学校。

旦那は留守番。

会社の人が来たようだ。

 

夕方、散歩に行くと言いリュックを背負って出かけていった。

一日寝てたから散歩したいと。

1時間くらいだったかな。

リュックサック、、、

なんで?

 

夕ご飯は頭痛であまり食べられなかったが、

とにかく湯舟につかりたがり、

長湯をしていた。

 

長湯もしない方がいいと言われていたのに、

まさに欲望のまま1時間以上湯舟に。

 

シャワーのお湯が出っぱなしの音がするので様子を見に行く

と本人は湯舟につかり、

シャワーはとんでもない方向を向いたままジャージャー出ている。

 

「何してるの?!」

と聞くと

旦那は「何が?あーシャワーがでてる!」

 

もう色々かなりおかしかった。

 

そのまた次の日には、

顔が腫れてしまい、

頭痛もさらに強いらしい。

手帳を見ると10段階の7(痛みの強さ)とある。

 

が大盛のとんかつ定食を食べる。

食べ終わると寝転ぶ。

トンカツやで。

 

頭痛でどこでもすぐに横になろうとする。

 

とにかく頭痛がするのに、食べたいようだ。

 

また、頭に包帯まいたまま散歩に行きたがり、

すぐに横になりたがり、

食べたがる。

 

脳が人間をコントロールしているのだ。

そして旦那の脳の電気信号は、腫瘍によって侵され暴走をはじめていた。

 

その翌日はとうとう昼ご飯後吐いてしまう。

 

この時頭痛レベル8。

 

この後ごはんはいらないといい部屋にひきこもった。

頭が痛いので寝ると。

 

晩御飯欲しいというので用意するが、まったく食べれず、

また寝る。

 

 

 

緊急入院

その次の日は、

子供と近所の神社の春祭りに、朝から行くことになっていたが、

旦那は頭痛で起きてこない。

 

母子で自転車で祭りへ。

子供は子供同士で遊んでいたため、私は一足先に帰宅。

とうとう飲まず食わずになった旦那も気になったし。

祭りものんびり楽しめない。

本当に手術まで待てるのか?

 

旦那の頭痛レベル10。

私「病院行く?」

旦那「行く。」

私「授業参観はあきらめるの?」

旦那「あきらめる。」

 

あっさりあきらめるんかい。

そのくらいの頭痛か。

 

その日は日曜日。

救急外来へ。

 

旦那歩けるがぼーっとしてる。

とにかく頭痛で座ってられないので、椅子に寝転がる。

たくさんの人が待合室にいるのに、おかまいなしで横になってしまう。

 

また待たされるな。

 

私は祭りの神社近くのママ友に連絡し、

事情を説明して、

そちらに行かせるので預かって欲しい、とお願いした。

友達は快く引き受けてくれて、

こちらは気にせずについててあげて、と。楽しく過ごすね。と言ってくれた。

神社まで迎えに行ってくれた。感謝だ。

(そうだお礼に寿司をおごる約束忘れてた!)

 

救急外来に脳外の先生はいなかったので、

急遽呼び出してくれたようで、

先生が来るまで横になるベッドも用意してもらえた。

 

すっかり暗くなっていた。

 

f:id:kininarusuzu:20201117141850j:plain

 

 

MRIの結果を見て、

当時の担当医ではないが、今の担当医であるI先生は、

「手術を早めましょう。今の状態で待つ意味が分からない。

 授業参観に行くのは無理でしょう。」

本人も

「授業参観はあきらめます。たぶん頭が痛くて参観できないし。」と。

 

当初の予定通り、

授業参観日に手術となってしまった。

 

手術は10時間以上かかるという。

倒れてから5日目、

そのまま入院となった。

 

その日は、いくつか手続きの書類にサインしたり、

入院の説明だけうけて、私は急いで子どもを迎えにいった。

 

手術は4日後だ。

10時間以上かかるという。

しかもその間病院内に、

病室のある6階のどこかに、身内の誰かが必ず待機しててください、という。

 

娘はその時小5になったばかり。

高学年といえばもう、参観日なんてこなくていいよって子がたくさんいると思う。

うちは来てもらいたい派。

特に、この時は私が必ず行くからね、

と言っていた。

 

旦那は最後になるかもしれないし、

とにかく不安をぬぐいたかった。

 

だってもともと私は、旦那より子供のために頑張りたいのに。

子供が一番なのに。

 

突然、友達の家に預けられることが続き、

父親がフランケンシュタインみたいになって、

寝てばかりいて、

母親も右往左往してぐったりしてて、

どんなに不安だったろう。

 

どんな時でも明るく笑顔でいられる太陽な母親ってすごいな。

 

私にはできなかった。

子供の前でも泣いたり怒ったりで情けない。

 

だから私は、少しでも病院を抜け授業参観へ行くぞ、

と決めていた。

 

でも病院側は少しもダメだって。

仕方ないので、

親戚を頼り相談したら、来てくれることになったので甘えることに。

 

入院グッズも買い揃えたり、

高額医療費の申請をしたり、

会社のこと、

病院に行ったり来たり。

大人用のオムツをもう買うのかーとか。

前開きの寝間着なんて持ってないし。

 

あー金がとんでく。

 

旦那が働けなくなったら、

私はパートじゃだめだー仕事さがしーとか。

 

私一人なのに、やることは鬼のようにあった。

 

そうそう、会社に置きっぱなしの車を引き取りも。

 

そういえば、

 

旦那の部屋を片付けようとあさったら、

出てくる出てくるお酒とお菓子。

 

あの日、

リュックサックを背負っての散歩の日、

こっそり、山のようにお酒とお菓子を買っていたのだ。

 とんかつ屋に行くときも、リュックを持っていた。

 

それを部屋に隠し、

飲んで吐いて、

食べて吐いて、

長湯して吐いて、

 

それらをすればするほど、脳圧上がって頭痛で辛いのは自分なのに。

 

もう衝動が制御できず、

欲望が制御できずだったんだ。

 

 

手術までの入院中

緊急入院翌日から、

ベッドの足元にセンサーマットが置かれ、

勝手にベッドを離れたら、

すぐナースが飛んでくる仕組みになっていた。

 

夜になると、迷惑患者になっていた。 

 

夜間、点滴を引きはがし、

うろうろして暴れていたらしい。

暴言も。

 

昼間はおとなしいのに、夜になると制御できないみたいで、

枕元に拘束具も置いてあった。

拘束することもありますがご了承ください、

の書類には既にサインしてあった。

 

とにかく日に日に頭痛が強くなった。

薬が全然効かないみたい。

 

担当の若い医師は、

手術を先延ばしにして、帰したことを詫びていたかな。

しかたない。

初診の時、

旦那は見た目元気そうに振舞い、

ぺらぺらとしょうもないことしゃべってて、

辛そうに見えなかったし。

 

朝昼晩の食事は、全部おかゆに混ぜて流し込んでいた。

(今、その時の写真を見せると、わーまずそー!何考えてんのーって驚く。

 もちろん全く覚えてないから)

 

手術前に、旦那の大学時代の友達が何名か見舞いにきてくれた。

私が連絡した。

術後どの程度覚えていられるかわからなかったから。

 

私は手術日まで欠勤として、

もろもろの手続きのことや、子供のことに専念した。

 

手術まではとにかく、ずーーっと頭痛で寝ていた。

寝て過ごすだけなので、

入院グッズも特に必要なかったな。

 

 

手術前日 

手術の前日、

最終説明で担当医から説明を受けた。

グリオーマで侵されている部分を、なるべく取り除くが、

どうしても取れない場所があり、

腫瘍は残ってしまうこと。

 

術中に病理検査を行うこと。

 

後日詳しく遺伝子検査をすること。

 

後遺症がどの程度残るかわからないこと。

 

余命のことなど。

 

何か言われて泣いてしまった、覚えがあるのだが、

もう忘れてしまった。

 

とにかく手術をしたら良くなりますよ!っていう説明ではなかった。

 

良くなることはないが、

とにかく今の頭痛は無くなるので、苦痛はなくなる。

 

あとは神のみぞ知る!

 

 

手術の日 

朝、普通に子どもを学校へ送りだして病院へ。

 

朝一手術室へ移動。

そこから10時間、

医者は、飲まず食わずらしい。

集中したいし、飲むとトイレに行きたくなるし、と言っていた。

 

若くなきゃできないね。 

脳外科医でエリートで若くて健康なんだなー。

 

わたしたちの対局に存在するわけだ。

 

とかなんとかお先真っ暗で、残りの人生設計真っ暗の状態で、

 私は休憩室で、ぼーとただ待つだけだ。

 

あっ、途中授業参観へ行けた。

何事もなかったかのように参観し、子供の笑顔が見れた。

 

この日、

子どもはお友達の家に、お泊りとさせてもらった。

 

お泊り会として、たこパーかなんかしたようだ。

子どもが楽しんでいてくれるのは、

何より安心だった。

 

ありがとう友達家族。

 

手術は19時ころ終わり、

一応成功で、9割は取れたとのことだった。

病理検査の結果は、一番悪いグレードではないらしい、

とのことだだった。

 

(後日の遺伝子検査の結果は、

 この時の病理検査の結果とは違い、グレード3か4で型も違っていた。

 病理検査より悪性だった、がこの時は、予想より悪くなかったと

 誰もが安堵した。)

 

病室に戻ってきた旦那は、目を開けていた。

見開いているが何にも見てない。

顔は腫れ上がり別人。

親戚と私が話しかけると、誰かはわかっているようだった。

 

そして突然、

「頭がずれてる。なんてことをしたんだー早く元に戻せーばかやろー!」

 

とかもう暴言の嵐。

 

先生が「あーもう目が覚めてるねー」と話しかけると、

先生に向かって

「ばかやろー頭を元にもどせー」

と叫びまくる。

 

先生は慣れているのか、

「えーひどいなー。僕がんばったんだよー」

と笑っていた。

 

看護師になんであんなことになってるのかたずねても、

「さーどうしたんでしょうね?」とはっきりしない。

 

私はもう、

びっくりして、

そして恐怖した。

 

前頭葉とっておかしくなってしまったんだ。

もうだめだ。

怖い。

子供にあわせられない。

 

先生に「あれはどうしたんですか?」

先生も「えーそんなにひどいですか?まーそういう後遺症もありますから。説明しましたが性格の憎悪ですかね。」

 

私は恐怖で病院を飛び出した。

脳を取る手術なんて、しなければよかった!

と後悔した。

 

家へ帰る前によったスーパーで、ママ友にあった。

手術を後悔している、

という話をしたら、

「うちも祖父に辛い治療をさせていたが、効き目がないまま、亡くなった。

 やらない方がよかったのか、と今でも悩む。」

と話してくれた。

 

少し落ち着いた。

 

私はママ友たちに支えられてたなぁ。

 

 

まったく眠れず、翌朝早く子どもを迎えにいった。

 

この日も普通に、

子どもを学校に送り出して、

またすぐ病院へ。

 

昨日の親戚が来てくれていて、

豹変ぶりを見ていたので、

「まあこれから大変だけど、がんばってね。あなたが頑張らないと。」

的な話をしたかな。

 

これからが大変だ。

 

恐る恐る病室へ行くと、

顔はまだ、

ぱんぱんに腫れあがっていたけど、

おとなしくなっていた。

 

会話も普通になっていた。

 

昨夜のあれはなんだったのか?

 

後々わかったが、

どうやら「術後せん妄」だったようだ。

 

どうして昨日の看護師や先生は、

術後せん妄という症状だと教えてくれなかったんだろう。

 

後日、知り合いに教えられた。

よくあることだと。

しかも頭の手術とかにかかわらず、

お腹を手術しても起こる人は起こることだそうな。

 

あの時の、恐怖してる自分に教えてあげたいよ。

 

一過性のものだよって。

 

まぁ高次脳機能障害になっているので性格悪くなったんだけどね。

あんなわけのわからんことは叫んだりしてない。

 

頭がずれてるー、とか言ってるのを見てるのはつらかった。

 

↓ポチっとしていただけると嬉しいです。

にほんブログ村 病気ブログ 脳腫瘍へ
にほんブログ村

 

 ↓ポチっとしていただけると嬉しいです。

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村