すーさんは大黒柱かーさん

子育てと介護と元ブラック勤務が同時の主婦の生きるヒント

家族が脳腫瘍になった5【手術後 次の治療へ向けて】

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退院後、

旦那はすぐに前の会社を退職して、

知り合いの会社でアルバイトを始めた。

 

今まで経験のまったくない製造業だ。

 

退院後すぐからのスタート。

 

どんな後遺症がでるか、まだわからなかった。

 

 

本人、体は健康。

 

右前頭葉だけとったので、麻痺などもまだなくて。

見た目もふつう?

傷がえぐいけど、社内では帽子かぶってるし、

髪が伸びればかくれるし。

 

仕事はできてたみたい。

 

そりゃそうだ。

一番環境のいいところで、

簡単なことを、

ゆるーく、

たぶん恐る恐るやらせてもらってた。

 

だって、頭にはでっかい切開の跡が生々しく。

 

帽子が欠かせなかった時期の最初だ。

 

気を使われながら、働かせていただいてた。

 

車の運転もできないので、

自転車通勤。

体力もずいぶんついた。

 

 

でも、あとから知ったけど、

会社の上の方の一部しか、病状のことを知らなくて、

従業員に周知もしてくれていなかった。

 

同じパートの人たちは、

頭ケガしてて、てんかん持ちなのね、

 

くらいに思ってたようだ。

 

 これが、あとあとよろしくないことに。

 

 

 

術後からは記憶もあり、

担当医とは、はじめましてかな。

 

記憶ないから。

 

倒れてから、術前までの記憶がまったくない。

 

自分の病状をよくわかってなかったわけだ。

 

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私としては、

医師と何度も三人で話をしてきたので、

余命のこととか自覚してると思ってた。

 

でも最初に言われた、

余命のこととか記憶ないわ。

 

本人治ると思ってる。

 

 

見た目も体調も普通になって、

本人としては、

今まで通りに働けそう、

と思ってしまってたみたい。

 

7月からの入院治療して、

終わりだと思ってたみたい。

 

とりあえず全部の治療が無時終われば、

治ると思ってた。

 

 

 

 

遺伝子検査の結果

 そうこうしてるうちに、

遺伝子検査の結果がでた。

 

担当医からの説明と、今後の治療方針が決まった。

 

手術中の病理検査では、

乏突起膠腫(通称オリゴ)で、グレードも低そう、

とのことだっが、違った。

 

 

退形成性星細胞腫(通称アストロ)

グレード3程度

 

簡単にゆーと、

オリゴより悪い。

 

 治療は、

放射線治療と抗がん剤の化学療法を組み合わせて、

手術後の残存腫瘍に対する治療をする。

 

取りきれてない腫瘍があるので、

それらにたいする治療。

 

7月から6週間の入院治療が始まる。

 

放射線治療は最高放射60グレイ

専用ヘッドギアみたいなのを作って、

完全固定して、

できるだけピンポイントで照射する。

 

そして、同時進行で

抗がん剤テモダールを飲む。

 

まあ、これだけだ。

 

 

6週間なので、お盆休みくらいまで。

 

放射線治療の脳への後遺症が一番気がかり。

健康な脳までやられちゃうからな。

 

でも、

その放射線治療でもの脳の機能低下よりも、

腫瘍が大きくなることで機能低下がおこることの方が多いそうなので、

放射線照射を行う価値があるそうだ。

 

(まあ実際は、放射線壊死による脳の機能低下の方が、

一番やっかいだった。)

 

承諾書

で、たくさんの承諾書にサインした。

 

 その書類に本人も目を通して、サインした。

 

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そこで初めて、

この治療を行って、余命2年

と言われていること。

(これは統計的なことで、今では腫瘍も広がってないからまだまだ生きそう。余命も伸びてる。)

 

治療しても治ることはない、現状維持を目指すこと。

ということを知ったわけだ。

 

 

私が出かけているときに、

その書類を読んだみたいで、

旦那からLINEがきた。

 

たしか、

「この入院治療しても、

余命2年しか生きれないのか?

だったら、もう治療しない。

自分の部屋のものを前部捨てて、死ぬわ。

どうせせいせいするんでしょ。」

みたいなやつだった。

 

(まあ、今でも時々キレて

「死んでくる!」とか言って家出てく。そして何事もなかったように帰ってきて、普通にすごす。

ほんと困る。)

 

その時は、すぐに電話して、

 

余命のことも、

初診では、

余命半年から一年と言われていたことも、

治らないことも、

最初から説明されてたことで、

それでもやる価値しかない、とゆーこと。

他にできることがなく、

今の状態を、

なるべく長く維持していくしかない、

とゆーこと。

 

できれば、やってみて欲しい、と。

 

とかを普通に話した。

 

死ぬ気なんかないんだ。

ただ、衝動的にキレる。

 

そんな病気。

 

本人、

「そっか!僕にも説明されてたのか。

じゃあやってみよ。」

って。

何に納得したのかよくわからなかった。

 

その後も、何度も死ぬ死ぬ言う。

 

 

わたしと子供の精神がもたん。

 

 

何はともあれ、

次の化学療法を受入れ、承諾書にサインした。

 

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