すーさんは大黒柱かーさん

子育てと介護と元ブラック勤務が同時の主婦の生きるヒント

「労働はクソとういうことです」

f:id:kininarusuzu:20201209111255j:plainってナナミンが言ってた・・・
「呪術師もクソだと。

 同じクソならより適正のあるほうを選びました」と。

 

 

労働はクソとういうことです

すみません。「呪術廻戦」ご存じの方はわかると思います。
小さな絶望の積み重ねが人を大人にさせるのだと。

大人になるということはそういうことでした。

そして、新しい時代が疫病とともにやってきました。

はたらき方がまさに180度変化しちゃいましたね。

わたしは50手前のいい大人で、団塊世代の子で、
小学生の母であり病気の旦那と猫も養う大黒柱です。

わたし柱なんです…さて、

「はたらくってなんだろう」ですって?
そんな眠たいこといってる暇があったら、とっととはたらけ!

という昭和の世代の人間です。

好きなことを仕事にすると

20代の頃は、好きなことだけしていました。

その中の一つは、沖縄の海での仕事。 

海の中では、こんなたいそうな物つけて、必死こいてる私たちが一番下っ端でした。

でも海の先輩たちは、横眼でちらっとこちらを見ながら、

スイスイ気持ちよさそうに自分の道をすすむのみ。

「お前らダメだなー」なんて言わない。

海の中はいつも平等で、重装備の人間も平等に受け入れてくれる。

懐の大きい

というか懐しかない。

だから、心底やすらげる、畏怖の場所。

怖い気持ちもなくならないけど、

それでいい。

好きなことを仕事にすると、好きじゃなくなる。

 

慣れちゃうから。

好きじゃないけど嫌いにはならないよ。

体力的にもうできないけどね。 

でも好きじゃない仕事をすると、嫌いな仕事になる。

嫌いな仕事をすることは辛いことだ。

誰もがうすうすは気づいてる。

死ぬほどつらいならやめていい

わたしの住む近地域で、年末判決が下りた。
「バス運転手が上司に注意され焼身自殺、市に6300万円賠償命令」
といううニュース。

2007年6月に名古屋市営バス運転手の〇〇さん(当時37歳)が自殺したのはパワーハラスメントなどが原因として、両親が市に約8700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が2020年12月7日、名古屋地裁でありました。裁判長は「勤務による心理的負荷で精神障害を発病し、自殺に至った」と認め、注意義務違反があったとして市に約6300万円の支払いを命じました。

ご両親は13年もの間、戦ってこられたのか。
わたしの子供が生まれる前からか。
気が遠くなる。
黒いものはもう白くはならない。
そして、これ「市がはらうの?!」

この事件さ、被害者は上司から
「葬式の司会のようなしゃべり方をやめろ」と指導されたり、
時間外労働を強いられ、あげくのはてに、
それまでのストレス状態のまま本人自覚のない事故のことで、
出頭させられたそうだ。翌日、ガソリンをかぶって焼身自殺してしまった。

自分の子どもだったら、と思うと胸が苦しくなる。
これを市の責任にする前に、その上司連れてこい!

うそです。連れてこないでください。 

 

わたしも黒会社で働いていた。

そして2020年12月に、逃げた。

1年半という、短い期間しか働いていないのに、

目の前で、5人の人間が辞めて行った。

突然、社を飛び出し戻らなかった人。

精神安定剤が手放せなくなって、追い詰められた人。

希望しない場所への異動で、消えた人。

突然来なくなった人。

突然来なくなったもう一人。

穏便に菓子折り持ってきて辞めたパートさん。

あれ?6人か 

6人中、5人が致命傷寸前の撤退。 

わたしって、すごくラッキーだ。心身えぐられてた時に、

コロナ休業。 

強制的にリフレッシュして、人間らしく退職を決断できた。

ほんとにヤバい会社があることをこの目で見たよ。

短い人生ささげるには、もったいなすぎる。

 

はたらくってなんだろう?

なんか辞められない、

働かなきゃ食べて行けない、

我慢するのがあたりまえ、

入ったからには続けなきゃ、

自分の我慢が足りないんだ、

って辞められない人だけにしわ寄せがいってないか。 

わたしは自分を犠牲にしてやりたくもないことを選んでしまったために、
心身を壊すはめになった。

でもこれも経験だと今なら思える。

好きなこと、やりたいことしかやってこなかった。
そして短期間ではあるけど辛い仕事をがまんする経験をした。

だから、辛い仕事を我慢してされている方の気持ちもちょっとだけわかるつもりだ。

わたしは時代の方から、休めって言ってきた。

そんなミラクルもあるかもね☆

人それぞれ、はたらくことに持っている意味は違う。

その人らしく生きていくための意味のひとつ。

その人をかたち創る経験のひとつにすぎない。